リンク集 RSS/ATOM 記事
ホーム >>
リンク集 >>
RSS/ATOM 記事 (28773)
ここに表示されている RSS/ATOM 記事を RSS と ATOM で配信しています。



ここに表示されている RSS/ATOM 記事を RSS と ATOM で配信しています。



【二十五菩薩について】 二十五菩薩がそれぞれどのような楽器を持っているか。また、二十五菩薩の由来や概要が知りたい。並び方があるのなら、どのような順番か。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:15)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:15)
『総合仏教大辞典』(112617730)p.1094に『二十五菩薩』について記載あり。二十五菩薩の名称は記載されているが、それぞれの詳細は記載がない。『新編仏像図鑑 上』(118349477)p.508-524に二十五菩薩について記載あり。『浄土の美術 極楽往生への願いが生んだ救いの美』(113001590)p.42-53に「阿弥陀来迎図」と題して記載あり。その中でp.44-45に「阿弥陀聖衆来迎図の持物」と題し、阿弥陀聖衆来迎図におけるそれぞれの持物を図として記載している。また、p.47には「『二十五菩薩和讃』にみる二十五菩薩の持物」と題し、尊名と持物を表として記載している。国立国会デジタルコレクションで「二十五菩薩」と検索したところ、以下の資料が閲覧できた。『二十五菩薩物語』【URL】https://dl.ndl.go.jp/pid/969533 (2024年7月7日最終閲覧)
【五木玲子とその父岡良一について】 直木賞作家五木寛之の夫人五木玲子と、その父岡良一元金沢市長について知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:15)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:15)
五木玲子画集『天の花地の花』(180612418)巻末に、「五木玲子自筆略年譜」の記載あり。これによると、「1934年、岡良一の三女として金沢に生まれる。医師免許取得。五木寛之と入籍。数年間、精神科の病院に勤務。53歳よりデッサンをはじめ、パステル画、イラストレーション、リトグラフ、銅版画、木版画、石版画などの制作を続ける。五木寛之の著書を中心に、約40冊の書籍の装画を担当」と記載されている。『花の見た夢』(180526249)太宰治の娘太田治子との絵本作品。『書府太郎 石川県大百科事典 上巻』(118458293)p.47に、岡良一についての記載あり。これによると、「政治家、医学博士。1943年の衆院選で当選。以後6期当選。1972~1978年まで2期金沢市長を務め、文化都市としての性格付けを行い、「緑の都市宣言」や図書館、学校の建設整 ...
当館の資料検索にて「白山 ばけねこ」のキーワードでヒットした、『白山 峰と谷の昔話』 石野春夫/著(119331280) p.94「ネッカシマの化け猫宿屋」 p.98「猫になった娘」インターネット検索「白山市 ねこ 民話」でヒットした、『白山の自然誌 43』 八神徳彦/著(109325494) p.10 「四塚と猫が島」2点のタイトルをお伝えした。質問者に提供はしていないが、石川県の民話を調べたところ、猫に関連する内容として、以下の資料が見つかった。『とりごえの民話 その2』(118557578)p.20「化け猫」『加賀・能登の民話 第2集』(118593986)p.57-59「総社のねこ踊り〔松任市〕」『河内村史 下巻(民俗編)』(11915175)p.939-940「竹と猫のはじめ」『日本昔話通観 第11巻』(11802708)p.238-240に「114 猫山(原題・猫の恩返し) 石川県小松市布橋町・女」と記載あり。その中でp.239 ...
【糞掃衣(ふんぞうえ)について】 糞掃衣(ふんぞうえ)についてわかる資料はないか。特に写真や絵、図と合わせて見たい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:15)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:15)
質問者によると、お坊さんの身に着ける袈裟の一種とのこと。キーワード「糞掃衣」で所蔵検索を行ったが、該当する資料はなかった。キーワード「袈裟」で所蔵検索、及び書架ブラウジングで次の資料を提供した。『袈裟の研究』(112306900)巻頭…糞掃衣を身に着けた僧侶の写真あり。p.25「第一章 袈裟の由来と概要 糞掃衣」p.85「第八章 袈裟の平面図 十三条糞掃衣(山形・雑巾刺)」p.146-161「第十章 袈裟の作り方(絡子と坐具を含む) 遠山九条糞掃衣の作り方」『袈裟のはなし』(11106726)p.15…モノクロ写真「糞掃衣(刺し子) 部分」p.28-29…モノクロ写真「慈雲尊者護持糞掃衣 高貴寺」p.44-45「五、袈裟の衣財 最尊最上の袈裟は糞掃衣」p.53…図「遠山十三条糞掃衣」、モノクロ写真「遠山十三条糞掃衣・故沢木興道老師護持」p.82-83「糞掃衣の山形は ...
【犀川上流付近について】 1900年以前の犀川上流付近の地図が見たい。当時の周辺地域の集落の様子や河川の流れが知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:14)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:14)
図が掲載されている以下の資料を紹介した。・『加賀辰巳用水』(11916675)付図 第一「文化六年辰巳用水絵巻」、第二「天保五年辰巳用水長巻図」、第三「安政二年東岩取水口絵巻」、第四「明治九年辰巳養水路分間絵図」、第七「明治十年辰巳用水全図」写・『兼六園全史』(109207463)p.134「第6図 雉の取入口(天保7年)」、p.135「第10図 娚滝対岸の取入口(安政二年)」、p.136「第12図 東岩の取入口(安政二年)」、p.145「第41図 湯の谷(明治九年の測量図)」・『犀川水源記』(11929806)森田良見(柿園)写のコピー<追記>・『二万分一地形図』(明治43年陸地測量部発行)湯涌、高尾山、野々市・『山の民物語』(118419580)口絵「石川県石川郡犀川村略図」(年不詳、昭和29年以前)が掲載されている。
『北国新聞縮刷版』の昭和48~49年の各月の記事索引の文化欄を中心に「大樋焼」「方南」を探したが、見つからず。西坂方南については、『石川県史 現代篇4』(118412768)p.782に記載がある。その後、質問者が自身で探索し、『北国新聞縮刷版 昭和50年9月号』(119899953)p.12、昭和50年9月1日12面に「方南大樋焼に燃える母娘」の記事を見つけた。
国税庁のホームページの「日本古代7世紀の税」(https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/network/156.htm 2024年6月17日最終閲覧)に「税」の漢字そのものについての記載はないが、日本の最古の税制や、その史料についての記述有り。『国史大辞典 8 す-たお』(11089585)、p.214「税司」に、続日本紀の大宝2年(702)の条の、「税」を含む用例の引用がある。また、『日本国語大辞典 第7巻』(112282933)p.1131に同じく続日本紀の「税」の用例の記載有り。さらに続日本紀については、『新日本古典文学大系 別巻3 続日本紀索引年表』(112206593)p.235「税」の所に、いくつかの用例「税」「税司」「税帳」「税を徴る」等々が載っている。また『新日本古典文学大系』12-16巻が、「続日本紀」に当たっており、それらの原文を参照できる。『角川日本史辞典』(111862760) ...
【桑原弥寿雄について】 石川県出身の桑原弥寿雄について知りたい。石川県のどこの出身だったか、また、その生涯などが知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:14)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:14)
『郷土ゆかりの人物総覧 データブック・出身県別3万人』(113158481)p.351に桑原弥寿雄について「土木技術者。青函トンネルの提唱者」とある。『講談社日本人名大辞典』(112321755)p.712に桑原弥寿雄について記載がある。『20世紀日本人名事典 〔1〕』(112589681)p.967に桑原弥寿雄について記載がある。青函トンネルに関する資料を調査したところ、以下の資料に記載があった。『青函トンネル物語』(11082639)p.19-22に「青函トンネルの発案者は?」と題し、「戦前、戦後を通じて国鉄建設陣の中枢にいた藤井松太郎は、「青函トンネルの発想を最初に抱いたのは、(中略)桑原弥寿雄」と、青函トンネルの構想を最初に打出したのは彼であると、はっきり語った。」とある。『トンネルものがたり 技術の歩み』(112322547)p.132-147に青函トンネルが紹介されて ...
『石川県神社誌』(118412230)p.51-52に宇多須神社に関する記述あり。『金沢市神社大観』(119555602)に宇多須神社に関する記述があり。当初、上記二点の資料を紹介したが、「もっと詳しく知りたい」とのご要望があったため、以下の資料を提供した。『金沢市文化財紀要 167-3』(119711761)p.123-124に「宇多須神社文書解説」と題して記述がある。質問者に提供はしていないが、下記の資料に宇多須神社について記載がある。『全国神社名鑑 上巻』(11823290)p.403に「宇多須神社」と題して記述がある。その中で、「由緒」として「養老年中卯辰村一本松に勧請したものという。そののち前田利家が慶長年中八幡大神の霊を卯辰山麓に鎮祀し、卯辰八幡社と号した。明治六年卯辰八幡社は金沢西地へ移転し、同三四年宇多須神社と改め、同三五年県社に昇格 ...
『金沢市詳細図 昭和38年版』(118407249)p.146「至、西泉火葬場」の先、p.142に「北日本紡績株式会社 金沢工場」の敷地が描かれている。国立国会図書館デジタルコレクションで「北日本紡績」を検索すると、『きたぼう20年のあゆみ』という資料が見つかった。【URL】https://dl.ndl.go.jp/pid/3443311 (2024年5月14日最終閲覧)表紙に工場の航空写真が掲載されている。田んぼの真ん中にあるという特徴が質問者からの情報提供と合致したため、社名をお伝えしたところ、その名前に聞き覚えがあるとのこと。また、表紙に掲載されている社標(三重丸の上に飛行機が翼を広げたような図形が組み合わされたもの)が質問者の所有している当時の記念写真の刻印と合致したため、その名前で間違いないとのこと。
execution time : 0.302 sec