リンク集 RSS/ATOM 記事
ホーム >>
リンク集 >>
RSS/ATOM 記事 (28760)
ここに表示されている RSS/ATOM 記事を RSS と ATOM で配信しています。



ここに表示されている RSS/ATOM 記事を RSS と ATOM で配信しています。



【浅野川の橋及び近隣の地域について】 浅野川の橋に関連する資料、とくにエッセイを希望している。また、東山や卯辰山等の浅野川周辺区域に関連する資料や、「七つ橋渡り」に関する資料も希望している。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:01)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:01)
浅野川・東山・卯辰山・七つ橋渡りに関連する資料を調査。エッセイを中心に選出した。『四季こもごも』(118457026)p.7-126に「四季こもごも-卯辰山の自然-」と題し、卯辰山の植物や生物等に関して記述がある。p.194-195には卯辰山にある坂についての記述がある。p.246-247には浅野川大橋について、p.296-297には卯辰山寺院群について、p.266-267には卯辰山三社の杜についての記述がある。『五木寛之の新金沢小景』(119991351)p.10-71に浅野川周辺の地域に関する記述・マップ等が記載されている。うち、p.52-53には「第22景 ゴリの哭く声」と題して記述があり、料亭「ごり屋」を紹介している。『金沢・町物語』(118555214)p.124-129に「東山 もっとも古く格式高い茶屋街」と題して記述がある。また、p.130-139に「卯辰山 史跡も多い市民憩いの場」、p.149-153 ...
【明神号について】 江戸時代に京都の吉田家が神社名をつける際の基準のようなものはあるか。長野市の風間神社(延喜式内社)が江戸時代に何度か名称変更していることに関心を持ち、調べている。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:00)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:00)
長野県神社庁のホームページによると、風間神社の名称変更の推移は以下のとおり。(江戸時代以前)風間神社→諏訪大明神→(江戸時代以降)風間大明神→風間神社【URL】https://www.nagano-jinjacho.jp/shibu/01hokusin/04nagano/17017.html (2023年5月11日最終閲覧)『吉田神道の四百年』(113424149)に神号の付け方に関する記載は見つからなかったとのこと。『日本大百科事典 22』(11097568)p.496「明神」によると、名神が特定の神社への社格・神階であるのに対し、明神は祭神の神徳をたたえ、崇敬の意を表して、神明の下につけた尊称、大明神は全国的な崇敬を得ているのをとくに尊んだ敬称であるという。『世界大百科事典 27』(118486135)p.529「明神」によると、明神号に祭祀上の限定はなく、近世には神祇伯を名のる吉田家が私に明神(大明神)号を乱発した。石川県内で ...
【福田與三吉について】 昭和初期に土木建築業を営んでいた福田與三吉が長組の社長に就任していたことがわかる資料はないか。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:00)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:34:00)
『金沢市商工要覧 昭和28年版』(119527125)p.282に「(株)長建設」が掲載されているが、代表者には別の方が就任している。『明治大正期商工信用録 第12巻』(118583818)に福田與三吉の記載なし。『金沢商工人名録 昭和3年版』(119503123)p.115に福田與三吉の記載があるが、p.113に長組の営業者は長惣右衛門と記載されている。以上の情報から、昭和3年から昭和28年にかけての商工名鑑及び電話番号簿を提供したが、福田與三吉と長組との関係を示す資料は見つからなかった。『金沢商工人名録 昭和6年版』(119503132)p.162「長組 長惣右衛門」、p.164「福田與三吉」『金沢商工人名録 昭和8年版』(119503141)p.140「長組 長嘉三」「長組 長惣右衛門」、p.143「福田與三吉」『金沢商工人名録 昭和10年版』(119503150)p.16「長組 長嘉三」「長組 長惣右衛門」、p.18「福田與 ...
インターネットで「箕子の井田」を検索したところ、以下の資料が見つかった。「朝鮮ノ土地制度及地税制度調査報告書」(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/959637/1/20(最終閲覧:2023/4/30)このことから、朝鮮の土地に関する用語ではないかと思われる。当館資料検索で「箕子の井田」を検索するがヒットせず。「箕子」「井田」の各キーワードで探し、以下の資料を提供した。「箕子」 『新潮国語辞典 現代語古語 第二版』(111670420) p.1154-1155「井田」 『韓国朝鮮を知る事典』(113471739) p.88-89
【兼六園の絵図・記録について】 金沢市図書館が所蔵している、江戸時代から現在に至るまでの兼六園に関する絵図や記録について教えてほしい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:59)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:59)
当館所蔵の兼六園の絵図は『金沢市立図書館所蔵 絵図・地図目録』(119362179)p.125(加越能の名所図)、p.147-148(その他の御殿)で探すことができる。また、以下のページで「兼六園」「兼六公園」「竹沢御殿」などと検索することにより、兼六園関係の資料を探すことができる。金沢市図書館資料検索【URL】https://www2.lib.kanazawa.ishikawa.jp/winj/opac/top.do金沢市立玉川図書館近世史料館所蔵史料【URL】https://www2.lib.kanazawa.ishikawa.jp/kinsei/archive.htm兼六園に関する参考文献に以下のものがあり、当館所蔵資料が用いられている。『兼六園全史』(109207463)『「兼六公園」の時代』(119748879)『兼六園を読み解く』(118478705)
【江戸時代の婚姻届について】 江戸時代の庶民が結婚の届け出をする場合の手続きについて書かれた資料はないか。人別送り状の裏書に十村(大庄屋)が署名したり、寺送り証文が作成されるなどしたと思うが、これらのことについて解説した資料はないか。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:59)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:59)
○レファ協の類似の事例「江戸時代における、結婚や離別などの戸籍変更の手続きについて知りたい」(堺市立中央図書館)【URL】https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000302516 (2023年4月27日最終閲覧)「江戸時代の結婚について書かれた本が読みたい」(福岡市総合図書館)【URL】https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000319377 (2023年4月27日最終閲覧)○辞典の解説『世界大百科事典 10』(118485960)p.610-620「婚姻」の[近世百姓・町人]の項に「婚姻が法的に認められたものとなるためには、村・町役人に届け、宗門人別帳(今日の戸籍に相当)の除・入籍を完了せねばならなかった。村・町外へ婚出する場合は、村・町役人が人別送り状を、檀那寺が宗門送り状を転出先の役人あてに発行した」と記載されている。『国史大辞典 6』(11070977)p.69-72「婚姻 ...
『石川県議会史 第2巻』(119565215)p.1222江川為信の項目に「昭和二一年戦後初の衆議院議員選挙に出馬して当選、進歩党院内総務をつとめ、通貨安定対策本部委員・教育法特別委員会長に就任、二二年四月にいたった。」とあり。『石川県議会史 第3巻』(119565224)p.1665江川為信の項目にも同様の記述あり。北國毎日新聞 昭和21年4月9日を確認したところ、1面に「誰を選ぶ 石川県三十四候補政見一覧」の項目があり、新聞社が全候補に対し以下4問を提出し、その回答を政見一覧として掲げてある。(1)政府の憲法改正草案に対する所見(2)食糧危機克服に対する所見(イ応急策、ロ恒久策)(3)インフレ対策(4)失業対策江川為信の回答は以下のとおり((1)については記述なし)。(2)増産の一途のみ、肥料問題を絶対優先とす、科学的多角経営を行ひ農 ...
当館資料検索で「孫過庭」「書譜」のキーワードで探したところ、以下の資料が見つかった。『書譜孫過庭』(113589668)『書譜』(412754540)『臨書を楽しむ 7 孫過庭書譜』(412462054)『中国法書選 38 書譜』(490034737)『シリーズ書道基本名品集 12 草書編 孫過庭書譜』(11070779)『書譜字典』(113344736)孫過庭『書譜』については以下の資料に解説がある。『和漢書道史』(129742799)p.132-134「孫過庭」『中国書道史事典』(111711264)p.190「孫過庭」、p.190-192「書譜」『説き語り中国書史』(113202721)p.104-106「反動的な王羲之風草書―孫過庭「書譜」」『中国書道辞典』(112730747)p.632-633「孫過庭」、p.494「書譜」『中国書道文化辞典』(118516010)p.582-583、p.583-584「孫過庭・書譜」
【吉谷華圃について】 金沢市出身で、横浜でも活動していた画家の吉谷華圃について、その作品や生涯を知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:59)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:59)
『新加能画人集成 金沢市制百周年記念』(119330030)p.164に「吉谷華圃」と題して「仏画家。本名は友次、雅号を華圃という」等の記述がある。「観音図」と「雛図」の二点を掲載している。同書p.216に「吉谷華圃 観音図 「吉谷双印」「華甫」」の掲載がある。『美術家索引 日本・東洋篇』(111279002)p.858に吉谷華圃について記述があり、下記の資料を紹介している。『日本学術資料総目録 1988年度版 美術工芸篇』(11825989)p.1344に吉谷華圃について記述がある。
【金沢の仏舎利塔について】 金沢の仏舎利塔は1974年に落慶したが、そもそもは1954年にインドのネルー首相から贈られた仏舎利が金沢に到着したことから始まっている。仏舎利塔の建立計画が進まなかった理由が知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:58)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:58)
利用者の事前調査資料は以下のとおり。『日本の仏舎利塔』(11825453)p.165-168「金沢仏舎利塔」『風雲児・松本由』(11824790)p.218-226「苦心苦労の金沢仏舎利塔」『北国年鑑 1955』(109144908)p.201「インドから石川県へ仏舎利」『北国年鑑 1958』(109144935)p.158「仏舎利塔の建立依然難航」『北国年鑑 1962』(109144962)p.138「仏舎利塔建設本決まり」『北国年鑑 1964』(109144980)p.101「仏舎利奉安」現地案内板、『金沢仏舎利塔だより』新年号 Vol.2-1(令和4年元旦)以上の資料と市史年表の記載事項を整理すると以下のとおり。昭和19年(1944)12月12日 ビルマ国から桜井兵五郎を通じて贈られた仏舎利が金沢に到着、石川郡湯涌谷村高尾山に建立の大東亜寺仮殿に安置された。昭和29年(1954)5月4日 インドのネール首相から石川県民に贈られる仏舎利が金沢駅に到着、仏舎利奉 ...
execution time : 0.306 sec