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昭和15~16年頃、横浜からグアム・サイパン・パラオへ日本郵船の定期便が出ていた。その出航頻度と料金が知りたい。(さいたま市立中央図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 12:00:35)
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昭和15年頃に横浜からサイパン・パラオへ定期便が出ていたことを確認したが、グアムへ船が就航していた記録は見つけることができなかった。以下の資料及びインターネット情報を提供し回答とした。・『時刻表世界史-時代を読み解く陸海空143路線-』曽我誉旨生/著 社会評論社 2008年・『明治大正時刻表 10』 新人物往来社 1998年国立国会図書館デジタルコレクション(インターネット公開・2024.7.9最終確認)・『南洋旅行案内』伊藤友治郎/編 南洋専修学校出版部 1933年 (https://dl.ndl.go.jp/pid/1213099)・『南洋航路案内』 南洋海運 1940年 (https://dl.ndl.go.jp/pid/1122523)回答プロセス:【所蔵資料を検索】△682『時刻表世界史-時代を読み解く陸海空143路線-』曽我誉旨生/著 社会評論社 2008年 P215 空と海から日本の委任統治領を結んだ南洋行 ...
『童子早学問』に読み仮名が振られているが、読み方が分からないので正しい読み方が知りたい。解説書、現代語訳があれば読みたい。(さいたま市立中央図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 12:00:35)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 12:00:35)
『童子早学問』は江戸時代の往来物の1つだと思われる。質問者が持ち込んだ資料は『童子早学問』細川並輔/校合、池田善次郎/画、出版者は泉屋市兵衛で天保14(1843)年刊行であることが確認できたが、往来物は非常に種類が多く、現代語訳・解説書の出版は確認できなかった。参考としてくずし字の読み方の本を提供した。回答プロセス:(最終確認はすべて2024.3.1)・『童子早学問』をgoogleで検索 東京学芸大学教育コンテンツアーカイブ(https://d-archive.u-gakugei.ac.jp/item/18408039)で質問の資料と思われる現物が見られた。 「ドウジハヤガクモン」と読み、細川並輔/校合、池田善次郎/画、出版者は泉屋市兵衛、天保14(1843)年刊行、主題は往来物、教科書となっている。 国書データベースでも同じ資料が閲覧できる。 (https://kokusho.nij ...
『大宮市史 第4巻 近代編』に「大宮市では「市常会たより」を毎月発行して」という記述がある。この「市常会たより」はどのようなものか。また現物を閲覧することができるか。(さいたま市立中央図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 12:00:35)
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戦時中、大政翼賛運動の実践のために組織されたものの一つが市常会である。大宮町(1940年11月より大宮市、現・さいたま市大宮区)では市常会→地区ごとの町内会連合会→町内常会・部落常会→隣保班・隣組という組織構成であった。市常会は毎月27日に開催され、会長は市長、構成員は町内会連合会長(地区常会長)・各種団体長・各種公職者などであった。この市常会で決定した事項を通達するものが「市常会たより」だったと思われる。『大宮市史 第4巻』のp413~414に「市常会たより第6号 昭和17年12月28日」の内容が掲載されている。これが町内会などの下部組織への通達なのか、末端の市民まで回覧されたのかは不明。現時点では大宮の「市常会たより」の現物、または写真を閲覧できるところは見当たらない。「市常会たより」ではな ...
“美食にふさわしい器とは”という記事にある「満月壺」の写真を見たい。一旦割られて修復したものがあるようだが、割られる前の写真をできれば見たい。(さいたま市立中央図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 12:00:35)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 12:00:35)
以下の資料とインターネット情報(2024.3.23最終確認)を紹介した。【書籍】・『高麗青磁・李朝白磁へのオマージュ』伊藤郁太郎/著 淡交社 2017年【オンラインデータベース】・東京新聞 1998年8月20日夕刊 11面 「ライトアップ=作家志賀直哉ゆかりの「李朝白磁の壺」復元」【インターネット情報】・「白磁壺」大阪市立東洋陶磁美術館 収蔵品検索 (https://jmapps.ne.jp/mocoor/det.html?data_id=2037)・「「修復師スゴすぎ…」粉々から蘇った壺、その裏側を訊いた」京阪神エルマガジン社のニュースサイト(https://www.lmaga.jp/news/2021/12/376774/) ・「白磁 壺」デジタル大阪ミュージアムズ 大阪コレクションズ・アーカイブ (https://dom.ocm.osaka/database/moco/2037)回答プロセス:インターネット情報は全て2024.3.23最終確認・“美食にふさわしい器とは”という記 ...
以下の資料を紹介した・『クールベ 画家のアトリエ』ベネディクト・ニコルソン/著 阿部良雄/訳 みすず書房 1978年 P26~27・『クールベ(新潮美術文庫23)』クールベ/画 阿部良雄/解説 新潮社 1975年 作品1・『グランド世界美術 18 クールベと近代絵画』クールベ/画 吉川逸治/編集・解説 講談社 1979年 作品49、50・『『NHKオルセー美術館 1 リアリズム・美の革命』隠岐由紀子/責任編集 日本放送出版協会 1990年 P51・『ヴィヴァン-新装版・25人の画家- 5 クールベ』クールベ/画 阿部良雄/編集・解説 講談社 1996年 P97・103 ・『パリの肖像』フェリックス・ナダール/著 ポール・ナダール/著 立風書房 1985年 P79~80 ・『ギュスターヴ・クールベ-1819-1877 最後のロマン派-』ファブリス・マザネス/著 タッシェン・ジャパン 2007年 多 ...
「椹野川」の名の由来が複数あったため、諸説あるとお伝えしたうえで、以下(1)-(4)を回答。(1)「和名抄」に東大寺管領の時代に囚人を囲う俘囚郷「フシュウノゴウ」の「フシュウ」が転訛して「フシノ」となった。また、俘囚野(フシフノ)が「フシノ」となった。(下記資料1、2、3、5、6)(2)上記(1)に加えて、「俘囚(フシノ)」という文字が不吉だから「椹野(フシノ)」と文字を変えた。(資料3、7)(3)椹野川周辺にヒノキ科の常緑高木サワラ(椹 フシ)の大木があったことから「フシノ」となった。(資料1、2、3、4)(4)もともとは枝分かれした河川が流れる平野をいう伏野(フシノ)という文字であった。(資料6)(4)は『角川日本地名大辞典 35』(資料6)の「椹野川」の項でしか見つけられず、また、「浮 ...
チューリップの花は気温によって開いたりしぼんだりするが、このように花が開閉することは、気温以外の要因でもあるのか。天気によって開閉するようなことはきいたことがある。また、そのように開閉する花にはどんなものがあるのか書かれた資料はあるか。(山口県立山口図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 11:58:49)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 11:58:49)
下記資料1『農業用語の基礎知識』p67-68植物の葉や花弁の開閉について「就眠運動」の項に解説あり。葉や花弁の昼夜の開閉運動を「就眠運動」と呼ぶとある。開閉を引き起こす要因となる刺激が明らかな場合、この運動を「傾性」というとのこと。花の開閉の例として、タンポポ頭花は光傾性、チューリップは温度傾性であるとのこと。また、花ではないが、葉の就眠も明暗によって起こり、スベリヒユ、フヨウ、カタバミ、オシロイバナなどが例として挙げられている。資料2『日本大百科全書 8』p89-90「傾性」の項に解説あり。傾性の種類として傾光性、傾熱性、傾震性、傾触性などが挙げられている。傾光性について、昼夜周期的に繰り返される運動で、花の開閉などでみられるとあり、昼開いて夜閉じるものとしてカタバミ、キク科植 ...
長井雅楽の屋敷が、防府市西浦にあったと伝える文献はないか。(地元での言い伝えでは、防府市西浦の女山の南麓、現在の華西中学校の敷地内東端にあったとのこと。また、下女が朝食の準備をしている間に、天狗の術を使って、味噌汁に入れるための松茸を、郷里萩に採りに行ったとの伝説があるとのこと。)(山口県立山口図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 11:58:49)
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長井雅楽の屋敷が、防府市西浦にあったと伝える文献については、すでに質問者確認済みの下記資料1『地区のあゆみ』、資料2、3『「郷土史ふるさと西浦』(補巻1・2)を除いて見当たらなかった。なお、江戸時代後期に成立の『防長風土注進案』には、西浦に「長井四郎」の屋敷跡があった、としており、長井四郎と長井雅樂の混同があったものとも思われる。下記資料を確認したが、長井雅樂の屋敷が西浦にあった、との記載は見当たらなかった。西浦関係資料資料4「一、西浦のおい立ち」「二、西浦の文化」「六、人物略伝」の部分なお、『「郷土史ふるさと西浦 補巻1』に長井雅樂の伝説に係る典拠として挙げられている「西浦沿革史」については当館に所蔵がなく、所蔵館も見当たらなかった。長井雅樂関係資料資料5「第二 世 ...
「先大津阿川村山砂鉄洗取之図」の全編を収録した図書として、下記資料1及び2がある。資料1は、同図全編を撮影し、カラーで収録・解説したもので、場面ごとに大まかな解説がある。また、別に各場面(モノクロ)に描かれた事物や所作に解説を付している。資料2は、同図全編を撮影し、モノクロで収録したもので、図版の鮮明さは資料1とほぼ同程度。巻尾に解説がある。同図をウェブ上で公開しているものとして以下がある。(最終確認日2024年7月19日)“東京大学工学・情報理工学図書館所蔵 鉱山絵画・絵巻コレクション画像データベース 先大津阿川村山砂鉄洗取之図”(東京大学大学院工学系研究科)http://gazo.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/kozan/emaki/index_06.html参考資料:1.たたら : 日本古来の製鉄 増補改訂版. JFE21世紀財団, 2017.https://ndlsearch. ...
山口県(特に下関市)に、明治大正期に創立された、芝居小屋(劇場)、寄席について、開場年月や詳しい事が知りたい。(山口県立山口図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 11:58:48)
from レファレンス協同データベース (2024/7/30 11:58:48)
下記資料に明治大正期の劇場に関する記載あり。インターネット情報の最終確認日は2024年7月19日。資料1『下関市史 市制施行-終戦』p543-552p543より「演劇」の項目があり、そこに明治大正期の下関における芝居小屋や映画館などに関する記述あり。「弁天座」、「稲荷座」、「長府稲荷座」と記載されている芝居小屋の経歴あり。経歴等は以下のとおり。・弁天座明治6(1873)年に中尾太郎によって裏町に建設。中村福助、中村芝翫などが来演した記録が残っている。明治14(1881年)2月22日に火災が発生。再建後、大正期に入り事実上下関の演劇界の王座を占めたが、昭和期になると映画界の隆盛のため、昭和17(1942)年に東宝系に買収され「下関東宝劇場」と改称され、映画館と改装されたが、戦災の被害に遭った。・稲荷座明治6年、 ...
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