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霊鷲山(下関市)にある仏舎利塔について、以下が知りたい。1. 仏舎利塔ができた時期(地鎮祭・定礎式・落慶式典の日付等) 2. 建立に関わった人物(発案者、中心人物、組織等) 3. 建立の目的 4. 仏舎利の縁起(由来)(山口県立山口図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/7/18 10:10:25)
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1. 仏舎利塔ができた時期(地鎮祭・定礎式・落慶式典の日付等)○資料1『下関市年鑑 1964年版』p95の「観光」の項に「仏舎利塔(勝山地区)」があり、「昭和三十二年五月二日に着工、三十三年五月十五日に落慶式を挙げた。」とある。この資料は“国立国会図書館デジタルコレクション”に収録されている。→みなと新聞社 編『下関市年鑑』1964年版,みなと新聞社,1963. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2985988/1/57 (参照 2025-04-22) 【図書館・個人送信限定資料】○資料2『下関市史 市制施行以後』p888-889の「観光」の項に「仏舎利塔」があり、「昭和三十二年五月二日に建立に着手した。」とある。落慶式については記載がない。なお、同書の新版である『下関市史 終戦-現在』(下関市市史編修委員会 編修 下関市 198 ...
豊臣秀吉の九州平定の際、豊臣秀長が豊後国から日向国へ向けて攻め、その軍勢に毛利勢も加わっていたが、その進軍経路がわかるものが、毛利家の資料として残っていないか。(山口県立山口図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/7/18 10:10:24)
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このことがらについて、記載した資料は見当たらなかった。資料1及び2を確認したが、九州平定時の毛利輝元らの動向について詳しい記述は見当たらなかった。資料1には、九州での進軍経路について記載がない。資料2も同様で、出典として「九州御動座記」が示されている。この史料は『県史 史料編 中世1』や、資料3に収録されているが、秀吉の進軍経路等について記載されており、秀長のそれについては記載がない。秀長の資料として、資料4及び5を確認したが、九州平定時の進路については記載がなかった。なお、資料6及び7に、九州平定時の行程図が記載されているが、秀長の経路については、小倉から耳川までの間に日付等が記載されておらず、出典も明示されていない。参考までに、資料8に掲載の山口県文書館所 ...
資料1に、「間違えやすい語字句」の項があり、p505に「無実を晴らす」がある。「無実の罪を晴らす」「冤罪を晴らす」が本来は正しい旨の記載がある。なお、p487に、この項について「明らかな誤用のほか、辞書によっては採択され、必ずしも誤りとは言えない語句も含んでいる」とある。また、資料2に「晴らす」の用例として、「無実の罪を晴らす」が取られている。参考資料:【資料1】時事通信社 編. 最新用字用語ブック 第8版. 時事通信出版局, 2023.https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I032739051, 978-4-7887-1867-8参考資料:【資料2】北原保雄 編. 明鏡国語辞典 第3版. 大修館書店, 2021.https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I030768224, 978-4-469-02122-6備考:GoogleBook検索で「無実を晴らす」の語を検索する限り、「無実を晴らす」が小説等で用いられている例 ...
1. 仏教側の宗派及び氏名いわゆる「山口の宗論(山口の討論とも)」の記録について、資料1に収録の小澤萬記「山口の討論 一五五一年、山口に於けるイエズス会宣教師と日本人との宗教論争」p149によると、イエズス会士の書簡4通が挙げられている。これらの書簡は、資料2に日本語訳が掲載されている。・ 資料1 『東西の思想闘争』資料1の小澤論文では、4通の書簡のうち、1551年10月20日付けのイルマン・ファン・フェルナンデス発ザビエルあての書簡が最も詳細であるとして、その内容を論じているが、p152によると、「イエズス会士の議論の相手となったのは主に禅宗、日蓮宗、浄土宗の僧及び信徒である。」とある。僧侶等の氏名は記載されていない。・ 資料2 『山口の討論』資料2に収録のフェルナンデスの書簡を確認した ...
○資料1『福栄村史』p525-537に「隠くれキリシタン」の章があり、同村内の隠れキリシタンの歴史について記載がある。p534-536に、長久寺マリア観音の写真等がある。○資料2『阿武川の民俗』p226に「子安観音」の項があり、旧川上村木津原観音堂について紹介されている。○資料3『由宇町史』p1011-1012清源寺のマリア観音立像の写真、紹介がある。○資料4『岩国の歴史』p48-69に「マリア観音」の章があり、岩国藩の宗教政策と廃仏毀釈、マリア観音について記載がある。由宇の清源寺「子安マリア観音立像」などが紹介されている。○資料5『長防切支丹誌』p233-265に「隠れ切支丹の遺跡・遺物」の章があり、県内の遺跡・遺物について論じている。(全体的に、否定的な見方がされている。)参考資料:【資料1】波多放彩著. 福栄村史. 福 ...
大正8年(1919年)ごろの以下の場所がどのあたりか知りたい。1. 武学生養成所(山口町) 2. 大阪屋(萩町 旅館)(山口県立山口図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/7/18 10:10:24)
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1. 武学生養成所『防長武学生養成の歩み』(資料1)p13によると、武学生養成所は、伊勢小路にあったといい、玄関の写真がある。同じページにある防長武学生養成所規則(大正9年)によると、養成所の本部は東京にあったが、その支部は「山口県吉敷郡山口町大字後河原25番地」にあったとある。また、同書口絵に「愛山会ビル」(旧武学生養成所跡)の写真があり、現在の伊勢橋を県庁方面から野田方面へ向かって写されているため、おおよその場所がわかる。「愛山会」ビルは、現在の『ゼンリン住宅地図 山口市1』(資料2)p56にも見える。2. 大阪屋“国立国会図書館デジタルコレクション”に収録の、『防長人物名鑑録』(当館未所蔵)によると、萩町の旅館、大阪屋を経営していた高橋大次郎の略歴があり、住所は「山口県阿武 ...
天文年間に山口でイエスズ会士によるキリスト教布教が行われたが、フランシスコ・ザビエル以前に、外国人が山口に来た事実があるか。あるとすれば誰か。(山口県立山口図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/7/18 10:10:24)
from レファレンス協同データベース (2025/7/18 10:10:24)
1. 「外国人」を、キリスト教布教を行った西洋人(宣教師ら)とした場合ザビエルより前に山口に来た人物について記載した資料は見当たらなかった。確認した資料は以下のとおり。資料1 『山口県史 通史編 中世』(山口県 編集 山口県 2012.10)p939-946資料2 『山口県文化史 通史篇』(山口県 マツノ書店 1977.7)p390-394資料3 『長防切支丹誌』(アウグスチノ岩崎太郎 著 アウグスチノ岩崎太郎 2005.3)p1-5資料4 『復起百年史』(山口カトリック教会百年記念委員会百年史小委員会 編 山口カトリック教会 1990.4)p313-3252. 「外国人」をキリスト教布教を行った西洋人(宣教師ら)に限らない場合例えば、長門国における蒙古襲来(弘安4年(1281年)、資料1 『山口県史 通史編 中世』p129)などが挙げられる。参考資料:【資料1】山口県 編. 山口県 ...
○資料1『角川日本姓氏歴史人物大辞典 35』以下の記述がある。→「長府藩士の細川氏は源姓で、清和源氏六孫王経基の末裔細川二郎義季から一一世の通政を祖とする。その子通菫は、天正一五年に豊臣秀吉の九州平定時に赤間関に下り、のち毛利家に仕えた。宝暦一三年の『長府藩分限帳』には、家老で二、五〇〇石の細川市正敬前が見え、通菫の六代のちである(藩中略譜)。」上記中、『長府藩分限帳』は、当館で元和5年(1619年)以前から明治3年(1870年)までの分限帳14編を活字化して収録したもの(資料2)を所蔵しており、それぞれ家老の細川家の人物の名前がみえる。(p52の宝暦13年(1763年)のものには「細川市正 源敬前」がみえる。)「藩中略譜」は、長府藩士の系図を集めた古文書で、活字化したものや影印本は見当 ...
該当の詩は見当たらなかった。「防長文学」とその後継誌「山口県文学」については、以下の文献に細目があるが、PDFファイルを「和田健」の語で検索したところ、該当の詩はヒットしなかった。○加藤禎行「 『防長文学』『山口県文学』細目―昭和18年10月号から昭和20年9・10月号まで―」(「山口県立大学学術情報:国際文化学部紀要」(16) p361-390 2023.3.31)https://ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/yp/1762また、「防長文学」の前継誌である「詩園」についても、以下の文献に細目があるが、同様に該当する詩はヒットしなかった。(「詩園」最終号は昭和18年10月発行の5巻8号(上記加藤論文による。)だが、この号は当館では所蔵していない。)○加藤禎行「 『詩園』細目 : 昭和13年 9 月号から昭和17年 3 月号まで」(「山口県立大学学術情報」(15) p257-282 20 ...
今年度第3回オープンキャンパスは7月12日㈯に開かれ、本学を志望したり、関心を持っている高校生らが訪れました。 今回はキャンパスライフを体験してみようをテーマに、全体会では大学・短期大学部の学生による学友会の活動を紹介しました。SDGsやフードドライブ活動、同好会・サークルの案内などを大学学友会の会長が務めました。 各学科に分かれて模擬授業の講話や実験などが行われました。幼児教育学科では入試に向けた講座として、課題にされている絵本の読み聞かせを在学生が実演しました。 また、今回は昼食で学食体験を実施。学食フェリーチェの人気メニュー・ビビンバ丼(6枚目の写真右上)を参加者が味わいました。 次回のオープンキャンパスは8月3日㈰に開催します。現在、ホームページで参加申し込みを受け ...
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