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大阪八百八橋の橋を歌ってゆく歌で、子どもの頃、手まり遊びをした。末吉橋、長堀橋、三休橋、佐野屋橋、心斎橋、四ツ橋、宇和島橋、門田屋橋、問屋橋、白髪橋、鰹座橋・・・の順番だったと思う。西六小学校(大阪市西区)に通っていて、その周辺のみはやっていたのかもしれない。歌詞がわかる資料はあるか。(大阪市立中央図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/4/1 12:10:01)
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「大阪市街電車唱歌」(大和田建樹・詞、田村虎蔵・作曲)のことと思われる。20番までの歌詞のうち、14番が西区の橋の名前を順に並べたものであり、この歌が収録されているものとして『市電』(大阪市交通局 1969)を提供する。回答プロセス:大阪の遊び歌やわらべ歌に関する本、大阪の橋に関する本、学校の場所より西区の区史や学校誌を見るが下記資料には該当するような歌は見つからなかった。『日本伝承童話集成 遊戯唄篇 下 総索引』三省堂 1976『聞き書き明治の子ども遊びと暮らし』藤本浩之輔著 本邦書籍 1986『わたしの大阪遊び唄事典』山野良子編著 編集工房ノア 1993『日本わらべ歌全集 16 大阪のわらべ歌』柳原書店 1980『大阪の民謡』右田伊佐雄著 柳原書店 1978『南北堀江誌』(南北堀江誌刊行会 1929)『西区史 第3巻』(清 ...
富山県南砺市で生産されている木製バットについて調べている。県内の木製バットの生産量について、過去から最新までの統計はあるか。(富山県立図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/4/1 12:09:26)
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(1)紙資料の情報紙資料では以下の1~4に部分的な数値はあるが、長期で生産量が明確にわかる資料は見当たらなかった。1.『ビジュアル富山百科』(富山新聞社、1994)p194~195 「福光の木製バット」福光の木製バットの生産は大正11年に波多栄吉(はたえいきち)が生産したことに始まり、昭和20年代に全国的な生産地となった、など文章・写真による記載がある。2.『福光バット産地診断勧告書 昭和48年12月』(富山県商工労働部、1973)p17~23 バットの生産本数、売上高など記載あるが種別が「硬式バット」「軟式バット」などとなっており木製バットという表記は見当たらない。3.『福光バット製造業産地診断勧告書 平成3年1月』(富山県商工労働部、1991)p23 「木製バットの生産本数の推移(全日本バット工業会)」という図表 ...
基本的な資料として、『新修大阪市史』第7巻(大阪市 1994)、『大阪市戦災復興誌』(大阪市役所,1958)の2点があげられます。 この他にも下記の3冊は終戦当時、大阪府警察局警務部警備課の情報係員であった小松繁治氏が職務遂行上綴った書類群をもとに翻刻されたものであり、空襲での罹災戸数や死傷者数、統計的な事柄を知ることができます。・『大阪空襲に関する警察局資料 -小松警部補の書類綴より-』Ⅰ(松原市役所,1976)・『大阪空襲に関する警察局資料 -小松警部補の書類綴より-』Ⅱ(松原市役所,1977) ・『太平洋戦争下の防空資料 -小松警部補の書類綴から-』(大阪市史料調査会,1981)たとえば、3月13日未明より行われた「第一次大阪大空襲」では、空襲警報の発令時刻、被弾状況、被害状況などから、民心の動向や警察署など ...
十三の地名の由来については、2説が有力です。ひとつは、古代の土地の区画法である条理制によるとされる説であり、西成郡の飛田を1条とし、北へ順に重ねていくと13条が今の十三あたりになります。同じく淀川区内の十八条の由来もそれによります。 もうひとつは、淀川の十三番目の渡し場があったところからとされる説です。 『東淀川区史』p20~21(これは東淀川区と淀川区が分区する前の出版です)や、『淀川絵巻』p67、『角川日本地名大辞典 27 大阪府』p608には、この2説が記述されています。 また、『北中島 : 創立100周年記念誌』 (北中島小学校創立百周年記念誌委員会/編 )にも、「校区内の地名の由来と改名」「校区近くの地名の由来」の項があり、二説が紹介されています。(「西成郡の飛田を一条とし、六町方眼をもっ ...
『伝法 わたしたちの町と学校』(大阪市立伝法小学校創立120周年記念誌部,1993)には、明治から平成5年までの、伝法の歴史が書かれています。また『大阪市立伝法小学校創立100周年記念誌』(大阪市立伝法小学校創立100周年記念事業委員会,1973)には、伝法のむかしの写真が掲載されています。『わたしたちの此花区』5版 此花区社会科研究部,1988には、昭和63年までの此花区の歴史がまとめられています。『此花区まちづくりレポート-みんなで咲かそ、この花・未来-』(大阪市此花区役所企画総務課,2001.3)の p.40-41には伝法の名所や史跡について書かれています。参考資料:『伝法 わたしたちの町と学校』大阪市立伝法小学校創立120周年記念誌部 1993年
『東淀川区史』(東淀川区創設三十周年記念事業委員会 1956)(p125~127)によれば、昭和20年6月7日、6月15日、6月26日に空襲を受け、13000戸が全焼したということです。この本には、戦災地域町名等ものっています。『大阪大空襲に関するアメリカ軍資料』(大阪府平和祈念戦争資料室,1985)には、アメリカ軍による空襲の計画と報告が載っています。また、『新修大阪市史』7巻(大阪市 1994)には、戦時下市民生活も含めた大空襲について書かれています。『空襲と動員』(小山仁示著 部落解放・人権研究所 2005)や、『大阪大空襲』(小山仁示著 東方出版 1989)、『ながら-大阪大空襲を語り継いで』(大阪市立淡路中学校「ながら」編集委員会 1983) には、空襲の様子が記されています。また、『大阪奈良戦争遺跡歴史ガイドマップ』2(日本機関紙出版 ...
大坂冬の陣の鴫野・今福の合戦は城東区を主戦場としたもので、その碑が1920年に現在の大阪市立城東小学校(城東区鴫野東3丁目16-14)の校庭に建てられ、今も残っています。碑の姿は、『城東見聞録』p6 や城東区ホームページの「区の紹介」の中、「名所・旧跡」の鴫野・今福古戦場碑の項で、カラーでご覧いただけます。http://www.city.osaka.jp/joto/shokai/ また、『大阪史蹟辞典』の鴫野古戦場碑の項(p226)では、合戦のようすも含めて説明がなされています。合戦自体については『城東区史』の「第一章 城東区の歴史」にも詳しい記述があり、「第四章 城東区の文化」には、碑文が掲載されています。p38~42 p477~478参考資料:『城東見聞録』 (大阪市城東区役所区民企画室 2005年 当館書誌ID:0011046720 ) 「区の紹介」 http://www.city.osaka.jp/joto/sh ...
雑誌「大阪人」2004年1月号 OSKストーリー 80年の夢(8)松本茂章 (p76~)に詳しく掲載されている。参考資料:雑誌「大阪人」2004年1月号 58巻/1号(大阪都市協会 当館書誌ID:5110654392), 備考:OSK日本歌劇団 http://www.osk-revue.com/ (2009.8.17確認)2025年1月のシステム更新により、「書誌ID」は「タイトルコード」として番号体系が変更となりました。参考資料欄の書誌IDについては、図書は先頭に100を、雑誌は先頭に299を追加して読み替えてください。例:『新修大阪市史 第1巻』 新修大阪市史編纂委員会/編集 大阪市 1988・旧:書誌ID ・現:タイトルコード なお、各種URLリンクも変更になっています。デジタルアーカイブに関しては、以下のページの検索画面から資料名等で検索してご覧いただけます。・大阪市立図書館デジタルアーカイブhttps://ww ...
与謝蕪村は、都島区毛馬の生まれですが、その他のあまり詳しいことは残念ながらわかっていません。出生について『与謝蕪村 』(田中 善信 著 吉川弘文館)のp1~11の故郷についての章と、『与謝蕪村 』(大谷 晃一 著 河出書房新社)のp7~8、『新修大阪市史 4巻』p734~735に少し触れた部分があります。有名な新形式の詩「春風馬堤曲(しゅんぷうばていのきょく)」は、毛馬の川堤を思う切々たる哀愁のうたとして知られています。『蕪村さんの都島歴史漫遊記 : まんが 』(谷川 桜太郎/脚本・画 大阪市都島区役所企画総務課) は、わかりやく解説されており子ども向きの資料として適しています。参考資料:『与謝蕪村 』 (田中 善信 著 吉川弘文館 1996年 当館書誌ID:0000577752)『与謝蕪村 』(大谷 晃一 著 河出書房新社 1996年 当館書誌ID ...
『なにわの伝統野菜』 (森下 正博 編 大阪府立農林技術センター)によると、毛馬キュウリとよばれる細長いキュウリが徳川時代に栽培され、その後も品種改良をかさね、最近になり、栽培方法や生産物の流通方法など特産化の方向にむかっているとのことです。また、『なにわの伝統野菜「毛馬キュウリ」ものがたり』(大阪市都島区役所区民企画室)には、カラー写真によるキュウリの図が掲載され、育て方や料理の仕方などよりわかりやすく解説されています。財団法人大阪市農業センターHPの「大阪市なにわの伝統野菜」のページに、毛馬(けま)キュウリの写真付きで紹介されています。 http://www.nogyo-osakashi.or.jp/yasai/index.html(2008.8.14確認)参考資料:『なにわの伝統野菜』 (森下 正博/編集 大阪府立農林技術センター 2001年 当館書誌ID ...
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