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下記資料を案内した。※【 】内は当館請求記号。資料1 縞ただし「林子平のいろは歌」『郷土わたり』45, pp.47-50, 亘理郷土史研究会, 1980年【PK217.1/キ】p.47「はじめに」の項 「(前略)ここに紹介せんとする次の歌は「父兄訓」なる著書の付録で、父兄たる者の、子弟教育を訓へ述べたもので、世代の変遷したる後と雖も、今以て感得させるものが多々あるを覚えるのである。(天明九年六月 仙台林子平述)」資料2 林子平 著 ; 山岸徳平, 佐野正巳 共編『新編林子平全集』3, 第一書房, 1979年【K090/ハ1/3】pp.117-124「父兄訓」-「附録三章(いろは歌)」の項「附童子に讀誦致さするいろは歌あり左に記す幼者の徳行を助るなり」資料3 今泉篁洲 編『仙台叢書』続刊 第1巻, 仙台叢書刊行会, 1936年【K081/セ3/1】pp.178-180「父兄訓」-「附録三條」の項「附 ...
横山寛 著 ; 河北新報社編集局 監修『祈りの街 : 仙台三十三観音を訪ねる』(河北選書)のpp.24-25に、東昌寺に関して「門の前に茶の木が植えられている。藩政時代には「青海波」というお茶を作って、将軍に献上していたという。」と記述がありますが、この「青海波」という茶はどんな茶で、東昌寺ではどのくらい生産されていたのか教えてください。(宮城県図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/12/21 0:30:28)
from レファレンス協同データベース (2024/12/21 0:30:28)
下記の資料に「靑?波」の記述がありました。 ※【 】内は当館請求記号です。資料1 仙台市史編纂委員会 編『仙台市史』第7巻, 復刻版. 万葉堂書店, 1975年【K225/セ1-5/7】p.440「第三章 寺院と佛堂」-「東昌寺」-「名木・その他」の項「〔茶畑〕政宗が山城宇治から實を取寄せて植えたもので、仙臺に於ける茶畑の始めとす。維新前までは年々三十袋を藩主に献上するを例とした。今もその茶名「靑?波」と刻んだ印が殘っている。(後略)」回答プロセス:資料1に記載があり、案内しました。その他、下記の資料を確認しましたが、関連する記述は見当たりませんでした。資料2 宮城県寺院総覧編纂会 編『宮城県寺院大総覧』宮城県寺院総覧編纂会, 1975年【K185/ミ1】資料3 仙台市博物館 編『武家と禅 : 伊達氏とみちのくの禅宗寺院』仙台市博物館, ...
1 増田(名取市)の商家である大友屋について、下記資料を確認しましたが該当する記述は見あたりませんでした。※【 】内は当館請求記号です。資料1 堀内英力 編『名取大鑑 全』経世社, 1916年【K292.1/ホ1】資料2 名取教育会 編『名取郡誌』名取教育会, 1925年【K221/ナ1】資料3 宮城県史編纂委員会 編『宮城県史』24, 宮城県史刊行会, 1954年【K201/ミ1/24】pp.81-84「名取郡下余田村〔増田町〕 風土記御用書出」の項資料4 名取市史編纂委員会 編『名取市史』名取市, 1977年【K221.2/ナ1】資料5 宮城県史編纂委員会 編『宮城県史』4, 宮城県史刊行会, 1982年【K201/ミ1/4】pp.302-303「名取郡南方手倉田村〔名取市〕 風土記御用書出〔写本〕」の項資料6 氏家重男 著『なとりの伝説と造物』2, 名取市郷土史研究会, 1999年【K388/1998.5/2】資料7 大城屋良助 編『東講商人 ...
下記資料に宮城県に伝わる「桃太郎」についての記述がありました。※【 】内は当館請求記号です。資料1 佐々木徳夫 編著『陸前の昔話』(昔話研究資料叢書 ; 15), 三弥井書店, 1979年【388.1/ム1/15】pp.229-231「90 桃太郎」の項pp.231-232「91 桃太郎の後日譚」の項資料2 稲田浩二, 小沢俊夫 責任編集『日本昔話通観』4, 同朋舎出版, 1982年【K388/ニ1】pp.370-371「桃太郎(梗概)」の項資料3 関敬吾 著『日本昔話大成』3, 角川書店, 1978年【388.1/セ1-3/3】p.83「桃の子太郎 宮城県」の項資料4 平形建一「特集 みやぎの桃太郎伝説を訪ねて : 宮城県桃生郡河南町と牡鹿町の旅」『りらく』1巻1号, pp.1-9, 理楽社, 1998年【PK050/リ】石巻市の桃太郎神社についての記載や、「鬼ケ島は金華山」など「みやぎの桃太郎伝説」について書かれた雑誌記事です。そのほか、下 ...
名取市閖上にあった仙台藩の御仮屋に、伊達吉村の描いた「十二支の絵と和歌」があったようだが、その和歌が記載されている資料があるか。(宮城県図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/12/21 0:30:27)
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下記資料を紹介した。※【 】内は当館請求記号。資料1-2に絵馬の十二支の写真の掲載はあるが、和歌についての記載はなかった。また、掲載の写真の絵馬に和歌が書き込まれているが判読は難しい。資料1 仙台市博物館 編『大江戸動物図館』仙台市博物館, 2006年【K721/セン2006.9】pp.16-17「仙台の殿さまが描いた動物絵馬」、「7.閖上浜御仮屋十二支額 伊達吉村筆」資料2 仙台市博物館 [編]『仙台市博物館収蔵資料目録』13, 仙台市博物館, 2005年【K025/セ2-2/13】p.176「1.絵画」-「74-(1)~(12)」 ※子から亥までの絵馬の掲載がある。回答プロセス:資料1,2に絵馬の写真の掲載はあったが、写真から和歌の判読は難しく、解説等の記載もなかった。事前調査事項:『名取市史』を調べたが記載等はなかった。『閖上風土記』に「御仮屋の襖には十二支に因ん ...
当館蔵書及び国立国会図書館サーチ(https://ndlsearch.ndl.go.jp/)で調査したが、廣文庫を現代語訳した資料は見当たらなかった。(最終検索日:2024/07/05)参考までに、当館所蔵の廣文庫で「やまをとこ」を引き、案内した。※【 】内は当館請求記号参考資料1 物集高見 著『廣文庫』19冊, 広文庫刊行会, 1926年【031.2/モ1/19】pp.799-805「山男 やまをとこ」の項廣文庫は、編纂当時に確認された文献からの引用で構成されている百科事典であることから、引用元をたどることで現代語訳や解説書等を探すことは可能である旨を利用者へ提案した。回答プロセス:参考資料1で「やまをとこ」を引いたところ、旧字体で表記されていた。当館蔵書及び国立国会図書館サーチで関連図書を検索したが、廣文庫の現代語訳は見当たらなかった。なお、廣文庫の調 ...
1978年発行の『仙台藩家臣録 第2巻』(歴史図書社)296頁に記載されている「伊達西山」とは何のことでしょうか。(宮城県図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/12/21 0:30:26)
from レファレンス協同データベース (2024/12/21 0:30:26)
(1)下記資料に記載がありました。 ※【 】内は当館請求記号です。資料1 仙台文庫会 編『仙台文庫叢書』第10輯之2 伊達正統世次考, 作並清亮, 1900年【K081/セ5/10-2】「巻之八下 稙宗公二」のうち、40丁ウラ「天文五年丙申。春二月上旬。大崎左京大夫義直。潜至于伊達西山請師曰。」(原文は旧字体。返り点等は省略)(2)また、上記資料1の引用箇所については、下記資料に記述がありました。資料2 桑折町史編纂委員会 編『桑折町史』第1巻, 桑折町史出版委員会, 2002年【K275/コ1/1】「第3編 桑折の中世と伊達氏」-「第四章 戦国大名稙宗と桑折」-「第二節 稙宗と桑折西山城」-「三 勢力拡大―縁組と抗争」-「(二)抗争と介入」の項p.375「(前略)稙宗の時代の周辺大名との主な戦闘をまとめると、次のようになる。」p.380「(5)天文五年、家 ...
宮城県警察本部が制定している現行の警察歌『夢呼ぶ宮城』は昭和59年に制定された2代目だということだが、それ以前に演奏されていた旧警察歌について以下の事項を知りたい。 (1)表題および、作詞・作曲者の氏名。作曲者は福井文彦だと思われる。 (2)作成時期と経緯。 (3)現行の『夢呼ぶ宮城』に代替わりした経緯。(宮城県図書館)
from レファレンス協同データベース (2024/12/21 0:30:26)
from レファレンス協同データベース (2024/12/21 0:30:26)
1 表題、作詞・作曲者の氏名について記載のあった資料は以下のとおりです。作成時期については「以下作曲日不詳」と記載されており、経緯についての記載は確認できませんでした。※【 】内は当館請求記号です。資料1 大村一 編『福井文彦作(編)曲目録』福井文彦先生退官記念会楽譜委員会, 1980年【K760/オ1】p.3 「以下作曲日不詳」として「宮城県警察歌 平和の太陽」「作詞 太田ゆう三」、「仝上 きみら警察官」「作詞 小名木滋」の記載があります。資料2 『宮城警友』2巻2号, 宮城県警友会消費生活協同組合, 1948年【PK317/ミ】表紙の見返しに「宮城県警察歌 平和の太陽」「きみら警察官」の歌詞が記載されています。2 現行の『夢呼ぶ宮城』に代替わりした経緯について記載のあった資料は以下のとおりです。資料3 『宮城警友』38巻10号 ...
以下の資料を紹介します。※【 】内は当館請求記号です。資料1 亘理町史編纂委員会 編『亘理町史』民俗編, 宮城県亘理郡亘理町, 2019年【K217.1/2019.9/1】pp.418-419「信仰」-「修験(法印)の寺院」の項p.418「(前略)やがて明治維新の時に宗教上の改革が行われて神道と仏教は明確に分けることが義務付けられた。これが『神仏分離令』である。修験者という立場だった法印たちは神道か仏教か、選択して神社か寺院のどちらか一方の形で宗教行為を行うようにしなければならなくなったのである。(後略)」資料2 渡辺信夫 編『宮城の研究』7, 清文堂出版, 1983年【K200.8/ミ2/7】pp.151-194「小野寺正人 陸前の修験道」-「一 修験道の成立」-「(一)山岳信仰と修験道」の項p.152「(前略)明治初年の神仏分離、修験道の禁止以来、領内の修験の ...
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