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山梨県の広報車だと思われる車が写っている昭和30年代の写真がある。屋根前方にスピーカー(四角)が付いており、後方にはデッキがある。この広報車の名前を知りたい。写真の提供者によれば「そよかぜ号」だったかもしれない。(山梨県立図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/2/9 15:30:04)
from レファレンス協同データベース (2025/2/9 15:30:04)
昭和30年代の山梨県の広報車の名称は「ひかり号」。県の広報車「ひかり号」の名称は、1950(昭和25)年に広報車が導入されてから現在まで継続して使用されているようだ。ただし、今回確認できた「ひかり号」の写真では、屋根に四角いスピーカーが搭載されているものはなかった。また、「そよかぜ号」という名称の車については確認できなかった。回答プロセス:1.『山梨県政誌』を確認。・『山梨県政七十年誌』(山梨県/編・発行 1962年)p.636に「広報車ひかり号の購入」、p.638に「広報車ひかり号を提供しての観光キャラバン」などの記述がある。2.『県政報告書』を確認。・『県政報告書 第8回 昭和25年度(自八月至十一月)』(山梨県/編・発行 1951年)p.269「(五)調査弘報活動」の「ニュースカーひかり号」の項によると、「ひかり号」は1 ...
教員が高村光太郎の詩として「いい悪いを抜きにして、花が咲いたらまずみろ。しずかに。」という作品を紹介してくれた。その作品が高村光太郎のいつの作品なのか、なんというタイトルなのか、どの本に収録されているのかを知りたい。(神奈川県立図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/2/9 15:29:22)
from レファレンス協同データベース (2025/2/9 15:29:22)
・『高村光太郎全詩稿』北川太一編 二玄社 1967(国立国会図書館永続的識別子info:ndljp/pid/8799815)索引のp.8(942コマ)「初句索引」で「い」に「いいわるいを抜きにして→とげとげなエピグラム」とあり、詩の題名を確認できます。p.83~90(101~108コマ)に「27 とげとげなエピグラム」が掲載されており、p.83(101コマ)に「制作年代 大正十二年」、「発表誌『明星』 大正十二年六月」とあります。p.85(103コマ)に「いいわるいを抜きにして、花が咲いたら花を見ろ、しづかに。」の最終詩形の文章が、p.86(104コマ)に該当の部分の原稿の画像が掲載されています。当館所蔵資料で「とげとげなエピグラム」の掲載が確認できたものです。・『高村光太郎全詩集』高村光太郎著 新潮社p.266~273「とげとげなエピグラム」が掲載されて ...
今谷明著『武家と天皇』に「『慶長年譜』足利学校の寒松(かんしょう)や月斎などの学者を動員して、地元の系図や伝承の探索を行ったもの」との記述が出てくる。『慶長年譜』の足利学校の寒松や月斎に関する記述がどこに書かれているのかを知りたい。また、足利学校の寒松や月斎(二人とも僧侶)について書かれている資料が何かあるか。(神奈川県立図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/2/9 15:28:03)
from レファレンス協同データベース (2025/2/9 15:28:03)
○『慶長年譜』について国書総目録データベース(https://kokusho.nijl.ac.jp/page/kokusho.html 古代から慶応3年(1867年)までの間に日本人により著述・編纂・翻訳された書籍の所蔵先をまとめた岩波書店発行の目録)で検索したところ、「慶長年譜 五巻五冊 類:記録 写:宮書」とあります。「宮書」は「宮内庁書陵部」の略称です。宮内庁書陵部の図書寮文庫で以下の資料の所蔵が確認できます。・『慶長年譜(慶長3年―5年・5巻)』写, 江戸末期 松岡本https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Toshoryo/Detail/1000099240000?index=0&sort=Title&searchtype=Freeword&keyword=%E6%85%B6%E9%95%B7%E5%B9%B4%E8%AD%9C内容検索はできないため、足利学校の寒松や月斎に関する記述については調べることができません。閲覧申請等、ご利用については、下記をご確認ください。宮内庁書陵部図書課図書 ...
本覚寺にアメリカ領事館が開設された日及び移転した時期について記述のある資料をご紹介します。新暦と旧暦の日付表記にご注意ください。なお、資料において「神奈川」「横浜」表記が混在していますが、基本的に「神奈川」は現在の東神奈川あたり、「横浜」は関内、山下町あたりを指しています。1 開設日(1)『神奈川県史 通史編4』神奈川県県民部県史編集室/編 神奈川県 1980.3 p.100 1859年6月30日の神奈川入港の記述に続き、「神奈川(横浜)の開港は 七月四日(六月五日)であった。その日、本覚寺にアメリカの神奈川領事館も 開かれた。」という記述があります。(2)『横浜近代史総合年表』 松信太助/編 有隣堂 1989.12 p.18「1859(安政6)7.4(6.5) 神奈川本覚寺に米国領事館設置」(3)『アメリカ彦蔵自伝 1』山口修,中川努 ...
1 『本牧のあゆみ』 本牧のあゆみ研究会/編 新本牧地区開発促進協議会事業部 1986年 p.125に「地名の由来は、東京の八王子と同じく牛頭天王すなわちスサノオノミコトの八人の王子から 出ています。・・・」とあります。2 1の情報より、東京都の八王子市の由来を調べました。 東京都八王子市ホームページの「八王子市の名前の由来」ページ(https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/002/p005301.html) 「八王子」という地名の由来について次のような説明があります。 「「八王子」という地名は、全国に分布しています。それは、牛頭天王(ごずてんのう)と8人の 王子(八王子 )をまつる信仰の広がりの中で、八王子神社や八王子権現社(ごんげんしゃ)が 建立され、地域の信仰を集め始めるとともに、地名として定着していったからで ...
飯田五郎家義の館があった場所については、「下飯田の本郷」付近としている資料がありました。しかし、どの資料も館の場所については伝承(言い伝え)として扱っていました。詳細は、次の資料をご確認下さい。1 飯田氏の全体像がまとまっている資料 (1)「飯田五郎家義と飯田氏」大湖光雄/著 (『郷土いずみ 第5号』 泉区歴史の会 1999) p.1-10 家義の居城や墳墓、飯田氏の家計図等、引用した資料、根拠となる資料を明記して います。巻末には飯田氏関係文書一覧があります。 p.1に下記の記載がありました。 「(一部抜粋)富士塚公園の一隅に、「富士塚城址」の碑がある。 これは鎌倉時代の地頭・飯田五郎家義の居城があったという伝承に基づいて、 昭和三十九年(一九六四)五月、団地造成に当たった横浜生活共同組合 関係者 ...
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