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【天正13年11月29日の金沢の地震被害について】 天正13年11月29日の地震で金沢で具体的にどのような被害があったか知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:22)
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当該地震については、郷土関係の資料では、越中の木舟城が倒壊し、前田利家の弟秀継が圧死したことについて書かれているものが大半である。金沢(加賀地方)の具体的な被害記述は確認されなかった。以下に掲げる資料を調査した。『石川県災異誌 〔1971〕』(119565574)『加賀藩史料 第1編』(11801624)引用史料はいずれも秀継のことについて書かれている。『大日本地震史料 第1巻』(129285716)p.565「加賀地大震」とあり(出典は「北藩年標掌覧」)。具体的な被害状況の記述なし。『新収 日本地震史料 第1巻』(11910010)『日本被害地震総覧』(113312204)『日本歴史災害事典』(113204459)『天正大地震誌』(11087106)『石川郷土史学会々誌 第42号』(109109130)「木舟城を陥没させ帰雲城を埋没させた天正大地震の真相」『愛知工業大学研究報告 B 13』「歴史地震の研究( ...
【大野町4丁目の昔の町名と範囲について】 現在の大野町4丁目は広いが、昔は小さい町に分れていたと聞いている。その場所と範囲が知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:22)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:22)
『角川日本地名大辞典 17 石川県』(118552562)には、「昭和10年に金沢市に編入、大野町1~7丁目となる」とあり、『金沢市住居表示新旧対照表』では旧町名等は確認できなかった。昭和39年の住宅地図にも旧町名の記載はなく、範囲の確認はできなかった。大野町の旧町名については『石川県の地名』(118287258)p464に記載あり。近世史料館所蔵の『(昭和9年)石川県石川郡大野町治一覧表大野町全図』(119520643)には町名の記載と大まかな範囲が記されている。なお、『大野町史』(119810901)付録の「大野町詳細図」は昭和51年の住宅地図で、旧町名等の記載はなかった。また、『大野町案内大野町商工会』(119511653)・『大日本職業別明細図之内石川県』(118578602)にも記載はなかった。
犀川大橋の沿革については、『石川の土木建築史』(11930688)p.137~138、『魅せられて犀川大橋』(119780830)p.47~52の記述が簡潔である。上記資料によると、現在の橋は大正13年(1924)に完成している。前の橋は鉄筋コンクリート造で大正8年(1919)に完成している。その前の橋は、明治31年(1898)に架けられた木橋で、質問者の求めるものであることが確認された。『魅せられて犀川大橋』には、同橋の設計書も収録されていた。p.49~52に翻刻と解説、p.57に側面図・断面図、p.64~69に「犀川大橋木造架替設計書」が載せられている。同じ資料は、「明治期金沢市内の木橋工事について」にも収録されている。同論文はJ-STAGEで公開されている。【URL】https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalhs1990/21/0/21_0_279/_pdf/-char/en (2021年2月6日最終閲覧)石川県立図書館には、『国 ...
【金沢市の円光寺について】 金沢市の円光寺という地名の場所に、かつて円光寺という寺があったのか知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:21)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:21)
『角川日本地名大辞典 17 石川県』(118552562)p.168「円光寺」に、「かつて円光寺なる寺があったことにちなむというが、円光寺の実在は不明」とある。『日本歴史地名大系 17 石川県』(118287258)p.491「円光寺村」に、「地名はかつて地内に所在した寺院の名によると伝えるが、同寺の寺跡などは不明」とある。『加賀志徴 下編』(11824805)p.230「圓光寺廃跡」には、「郷村名義抄」にかつて「圓光寺」という寺があったため、村名を圓光寺村というようになったとの言い伝えがあると記されている。以下の資料には記載なし。『富樫郷土史』(109068898)『金沢市円光寺住宅町会五十年史』(119957251)
【南原繁夫人について】 東大総長で、27歳の時越中射水の郡長になった南原繁の夫人は金沢出身という。昭和10年に義弟西川宗保が富山県統計協会に勤務していたが、高岡あたりで教員の職を世話してくれないか、と当時の富山県議員に出した手紙がある。老齢になった両親(金沢に居住)のそばでの就職を希望していた。南原繁と結婚したのだから、それなりに由緒か資産のある家と考えるが調べてほしい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:21)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:21)
・『日本近現代人名辞典』p.424(1122869979)で生没年を調査。 1889~1974と分かったので、1966年刊行の『人事興信録 下 第23版』p.214(129081583)で家族構成を確認。・妻の欄に「博 明治28.6.28生、石川、西川惣祐三女」とあり、石川県出身者であることが確認できた。・石川県立図書館HPの人物検索に該当者なし。・Googleで検索し、「金沢の引札」に「薪炭問屋西川惣祐」の名が見つかった。 引札は明治から大正期のものと考えられ時代は合う。店の所在地は金沢市鍛冶片原町と判明した。・『北陸三県実況案内』(118572402)には、記載なし。・『金沢商工人名録 昭和3年版』(119503114)p.235に同町、同電話番号で「西川サノ」の記載あり。番地も記載があった。 店の開業は、大正4年10月。営業収益税は、11円8銭と金沢の同業者の中では下位にあたる。・二人の ...
前田斉泰と、その子女の系図が見開き1枚以内に収まっている資料を紹介した。『よみがえる金沢城 1』(119950125)p.48に、利家以来の系図が収録されている。『加賀藩主前田斉泰』(119579130)p.86~87に、斉泰周辺の系図が収録されている。『昭和新修華族家系大成 下巻』(119622026)p.530~531に、19世紀以降の前田家の系図が収録されている。
【鶴来の織田仁右衛門について】 鶴来町の織田仁右衛門、織田喜三郎、または織田家について書かれた資料はあるか。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:21)
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質問者より、織田仁右衛門は明治から日露戦争あたりに鶴来町で醸造関係の仕事をしていたようだ、という情報を得たので、歴史と人物から調査した。・『鶴来町史 歴史篇 近世・近代』(119599975)・『鶴来郷土誌』(119539206)等には記載がなかった。・『鶴来商工会七十年史』(119564497)p.48に「明治初年の酒造家」として「織田仁右衛門 仕込高300」の記載があった。また、昭和25年刊行の『鶴来町旧家名簿』(1195479239)には、職業までは特定できないが4名の「織田氏」の記載があることをお伝えした。
前田利家の先祖については、『角川日本姓氏歴史人物大辞典 17 石川県姓氏歴史人物大辞典』(118421945)など、利家の祖父利隆と父利昌(利春)のみ記しているものが多い。利隆と利昌以外の人物の記載がある資料を以下に並べる。『前田一族』(118373070)p.33に、利家の曾祖父からの略系図がある。『前田利家 図説,前田育徳会の史料にみる』(118386176)p.71~「前田氏の出自」数種類の系図についてまとめられている。
【東新地の絵図について】 近世後期から明治にかけての金沢の東新地の絵図(屋号と区画のわかるもの)はないか。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:33:20)
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近世後期の屋号と区画のわかる資料として以下のものがある。『金沢町絵図』(119618551)(文化8年)「浅野川茶屋町創立之図」原本は石川県立図書館が所蔵している。『芝居と茶屋町』(11824854)と『金沢市文化財紀要 6 旧東のくるわ』(119573530)に収録されている。明治以降については、区画と屋号がセットで記載されている資料がない。以下の資料に屋号の記載がある。『東新地細見菊くらべ』(特21.3-77)『金城三廓 花の見立』(K3-100)上記2つの資料は『金沢市史 資料編14 民俗』(119748725)で紹介されている。『金沢市文化財紀要 6 旧東のくるわ』には、明治20年(1887)の地番と区画のわかる図が収録されている。『近代公娼制度の社会史的研究』(118618824)にも、資料の写真が収録されている。
以下の資料に記載がある。『加能真宗僧英伝』(119562376)p.202 経歴のみ。『現代石川の百人 青少年座右銘 上』(11919439)p.72 経歴と肖像あり。『永遠への道』(11041989)信勝の自伝。 写真あり。『北國文華 2004年秋』(170309010)p.129~139 子息勝道による信勝についてのエッセイあり。写真も収録されている。『ほくりく20世紀列伝 下巻』(118488210)p.46~55 写真あり。『ふるさと人物伝』(118527452)p.651 写真あり。
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