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【全国の防災館について】 全国の防災館、防災センターといった施設を一覧で見られる資料はないか。紙の資料で見たい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:40)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:40)
「全国 防災」といったキーワードで所蔵検索を行ったり、ブラウジングしたが、ご希望に沿うような資料は見つけられなかった。〔参考資料〕『事故・災害レファレンスブック』(113529347)『災害・防災の本全情報』(113267637)各都道府県の『防災タウンページ』もご案内したが、各地域の指定避難所の一覧や地図、個人でできる防災対策の紹介が主な内容だった。紙媒体資料は見つけられなかったが、代わりにインターネット上の情報として、以下のページをご案内した。市民防災ラボ>調査支援活動>全国の防災体験館・防災センター 検索【URL】http://www.bosailabo.jp/research/museum.htm (2018.7.7参照)→探したい都道府県名をクリックすると、施設ごとに住所や連絡先、展示概要が閲覧できる。ホームページにリンクされている施設もある。
〇辞典書画関係の参考資料を書架から直接探し、以下の資料を紹介した。『行草大字典』上・下(11042534)(11042535) 一文字ごとに多数の書道家の筆跡が掲載。(米フツ含む。)『中国書道文化辞典』(118516010)p816-822 米フツの項目に続けて、米フツの作品15点の一部が掲載。〇作品過去のレファレンス記録(№632「米フツ「蜀素帖」について」)を参照し、以下の資料を紹介した。『宋元明尺牘名品選 3』(113260921)p4-21「値雨帖」など9点掲載。『すぐわかる中国の書』(112711394)p86-87「元日帖」の1点掲載。『中国書人名鑑』(112937014)p86-87「蜀素帖」「?渓詩巻」「虹県詩巻」「張季明帖」の4点の一部が掲載。
【前田利家の賤ケ岳の戦いに関する史料について】 前田利家の賤ヶ岳の戦い後の動きを示すような史料などはないか。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
【質問者による事前調査資料】①『賎ケ岳の戦い 戦史ドキュメント』高柳光寿/著 学研M文庫 2001→この資料は当館で所蔵していないが、改題前の『賎ケ岳の戦』(11002092)は所蔵されている。②『図解戦国10大合戦の大ウソ』森田善明/著 ワック 2011→当館で所蔵していない。【当館での調査・回答】前田家や加賀藩に関する調査において、まず閲覧いただきたい史料として以下を紹介した。『加賀藩史料 第1編』(11801624)時系列に沿って、出来事についての関係史料の引用が出典とともに活字で掲載されている。賤ケ岳の戦いに関する記述として以下の2項目を紹介する。p.184「四月廿一日。近江柳ヶ瀬に於ける柴田勝家の軍敗れ、前田利家府中に退却す」p.196「四月廿五日。前田利家羽柴秀吉の軍に従ひて加賀金澤に入る。」なお、引用元の ...
【黒部奥山廻りについて】 黒部奥山廻りについて書かれている資料を見たい。教材として使うので、なるだけわかりやすいもののほうがよい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
「黒部奥山」、「山廻」等、関連する単語で検索をかけると、以下の文献を探し出すことができる。『黒部奥山と奥山廻り役』(129812481)『黒部奥山と加賀藩』(119534961)『黒部奥山史談』(111403201)『黒部奥山と扇状地の歴史』(118434326)『奥山巡見』(119978707)『絵図に見る加賀藩と黒部奥山』(119813547)『加賀藩山廻役の研究』(118417245)『石川郷土史学会々誌 第34号』(119781514)『追録 宇奈月町史 歴史編』(119348732)『奥山巡見』、『絵図に見る加賀藩と黒部奥山』は立山博物館の展示図録であり、視覚的に読みやすいものと思われる。『宇奈月町史』も比較的記述がまとまっている。
【「金澤下本多町」に描かれている場所について】 川瀬巴水「金澤下本多町」に描かれている場所と方角を知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
「金澤下本多町」は、以下の資料に収録されている。『川瀬巴水木版画集』(113016038)『川瀬巴水決定版 日本の面影を旅する』(113596125)『川瀬巴水作品集』(113291472)版画の描かれた年代は大正10年9月と記載されている。下本多町(しもほんだまち)という地名と街路の形状や両側の塀の描かれ方から、現在の金沢歌劇座横から市役所方面に抜けていく道ではないかと推定。(現在の同地にも、城南荘など土塀をある家屋が建ち並んでいる)。同時期の地図が収録されているものとして『金沢市遊覧案内』所収の「金沢新市街地図」(118570687)がある(地図の年代は大正12年)。当時の地図を確認したところ、現在の道路と比べて、カーブ部分がY字状になっている、道幅が狭い、一部クランク状になっている等の違いは見受けられるものの、当時から現在に ...
【世良太一の経歴について】 明治時代に統計の導入・普及に貢献した人物である世良太一(せらたいち)が、金沢藩に勤めていた頃(明治3年前後)の経歴や携わった業務などがわかる資料はないか。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
【質問者による事前調査資料】金沢市立玉川図書館ホームページ「市史年表 金沢の百年(明治編)」(金沢市図書館>郷土資料>市史年表(明治編)のページ)【URL】https://www2.lib.kanazawa.ishikawa.jp/reference/shishinenpyou.htm・明治3(1870)年12月7日〔社会・文化〕 英国代理公使アダムスが金沢、大聖寺、富山藩預けの浦上キリシタンが残酷な扱いを受けている と右大臣三条実美に待遇改善の申入れをした。政府は関一郎を派遣し実情調査をさせた。関は金沢藩参事世良太一を伴って帰京した。・明治30(1897)年2月25日〔社会・文化〕 前田家編輯課主任野口之布がやめ世良太一が後任となった。【当館での調査事項】下記の資料に明治3年当時の世良太一の役職が記載されていたが、「参事」という表記ではなかった。『石川県史料 第5巻』(119563050)旧金沢藩官員 ...
【湯涌温泉の開湯年代について】 湯涌温泉が開湯1300年と言われているが、何か文献にはっきりとした記述がされているのか知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:39)
湯涌温泉の起源については、「養老年間」、「養老2年」と言い伝えられているが、明確な記述があるわけではなく、言い伝わってきたものが各文献に記されている。養老年間を起源とする点で諸伝承は一致しており、パンフレット等の公式見解となっている。養老2(718)年の成立とすると、開湯1300年ということになる。起源については、鷺が止まっていた場所を見たら湯が出ているのが発見されたというものと、泰澄大師が開いたというものがある。ただし、いずれも言い伝えの域を出ない。以下に参考文献を列挙する。・『ふる里 資料』(109068780)前者の見解を紹介している。同書は『湯涌谷村史』(当館に所蔵無し)の記述を中心に編まれている。・『加賀志徴 下編』(11824805)「郷村名義抄」の、往古より出湯があったため村名とな ...
【卯辰山の臥竜洞と碑の所在について】 卯辰山(うたつやま)の臥竜洞(がりゅうどう)前にあるという阿閉政太郎(あとじせいたろう)の顕彰碑の詳しい所在を知りたい。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:38)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:38)
【質問者による事前調査事項】①『書府太郎 上巻』(118458293)p.16-17「阿閉政太郎」の項目があり、「卯辰山の臥竜洞前に顕彰碑がある。」と記載がある。②『せゝらぎ 第2集』橋本政男/著 好文社 1958 p.225当館に所蔵のない資料のため、手がかりを求めて石川県立図書館に照会した。→「あとがき」には碑の由来は載っていません。しかしその前の部分(p.224)「新田素堂翁と編集子」に次の記述があります。「一例をあげると、卯辰山臥竜洞前に、板屋兵四郎、阿閉(あとじ)政太郎翁の碑のほか臥竜洞碑、殉労塚、万人筆塚はみな大乗会釈尊講の事業として建てられたものである。碑文と筆者は素堂翁である。」③『渡米日記酪農四十年』阿閉温三/著 1958 p.105当館に所蔵のない資料のため、手がかりを求めて石川県立図書館に照会した。→ ...
【大野ゆかりの人物について】 大野にゆかりのある若狭屋藤右衛門という人物について知りたい。おそらく大野醤油に関係する人物だと思われる。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:38)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:38)
質問者によると直源醤油の創業者・直江屋伊兵衛と関わりのある人物ではないかとのこと。「大野 醤油」というキーワードで資料検索を行い、下記の資料を調査した。『大野醤油の歴史』(109140613)p.18-19安政3年(1856年)の大野肝煎と組合頭による加賀藩への答申原文の組合頭連署の中に「同 藤右衛門」と記述があるが、若狭屋かどうかはわからない。『金沢の老舗』(118413003)p.199-201 大野醤油の直源p.202-204 宝暦創業の直久商店(醤油業の老舗)「若狭屋藤右衛門」に関する記述は見当たらない。大野醤油と関わりの深い大野日吉神社にも尋ねたいと質問者が希望したため、大野日吉神社の公式ホームページから問い合わせ先をお伝えした。大野日吉神社公式ホームページ【URL】http://www.ohnohiyoshi.com/(2018.6.9参照)大野のまち紹介>醤油業者一覧とラ ...
【文学論争について】 昭和21年~22年ごろ、平野謙と荒正人が、中野重治に仕掛けた「批評の人間性」の文学論争が載っているものはないか。(金沢市図書館)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:38)
from レファレンス協同データベース (2025/1/10 0:32:38)
当館所蔵検索システムで、「批評の人間性」をキーワードに検索し、ヒットした資料の中から貸出可能な以下の資料を紹介した。『戦後文学論争 上巻』(129525616)p175-182「批評の人間性(1) 平野謙・荒正人について」なかの・しげはる/著p120-129「批評の人間性(2) 文学反動の問題など」なかの・しげはる/著p206-213「批評の人間性(3)」中野重治/著なお、上記資料には各文学論争ごとに解題があり、質問者の言う文学論争についてはp248「いわゆる「政治と文学論争」の発端は中野重治の「批評の人間性(1)」によって開かれたわけだが」とある。また、巻末には論争関係資料として、論文の出典が掲載されている。『全集・現代文学の発見 第4巻』(129588198)p392-400「批評の人間性 1 平野謙・荒正人について1」p400-409「批評の人間性 2 文学反動の問題な ...
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